Episodes

  • EP. 637『@宇治 、其ノ四 - 鮎とウッティー』
    Jun 18 2026

    宇治川を眺めていると、中州の形が「仁」という漢字のように見えました。仁とはもともと親子の愛情を表す言葉でしたが、孔子はそこに広く人を思いやる心という意味を与えました。そんなことを考えながら、宇治の風土や文化に流れる優しさについて思いを巡らせます。宇治では初夏になると鮎の季節を迎え、伝統的な鵜飼が行われます。なかでも宇治の鵜飼は、人工孵化で生まれたウミウを女性鵜匠たちが育て、鵜と人との深い信頼関係によって成り立っていることが特徴です。縄を付けずに放たれた鵜が鮎をくわえて船へ戻り、自ら鵜匠のもとへ運んでくる姿には、親子のような絆が感じられます。また宇治は『源氏物語』宇治十帖の舞台でもあります。浮舟の物語には恋愛だけでなく、母への思慕や人間の孤独、心の苦悩が色濃く描かれています。宇治川の流れや鵜飼の風景を通して、宇治という土地が持つ深い優しさと、人の心を包み込むような魅力について思いを巡らせました。

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    9 mins
  • EP. 636『@宇治 、其ノ三 - 白身魚と宇治の御茶』
    Jun 17 2026

    以前から訪れたいと思っていた宇治を訪ね、宇治橋断碑をみました。宇治橋断碑は日本現存最古級の石碑の一つで、大化の改新の翌年である646年に架けられた宇治橋を記念して建てられました。現在は三分の一ほどしか残っていませんが、宇治橋建立の記録は複数の歴史資料にも残されており、古代から交通の要衝だった宇治の歴史を今に伝えています。碑文には、流れの速い宇治川を渡れず人々が困っていたため橋が架けられたことが記されています。橋は人と人、場所と場所を結ぶ存在です。一方で宇治は茶どころとしても知られています。宇治のお茶をいただきながら、鯛とヒラメのお造りをいただくと、白身のお魚の甘みがもっと白くなるような感じがしました。宇治茶と静岡・掛川のお茶を飲み比べながら、それぞれの味わいの違いについて考えます。宇治茶には心を静めるような穏やかさがあり、まるで障子越しの柔らかな光のような静けさを感じます。橋や箸、そして「端」という言葉に共通する“つなぐ”というイメージがします。宇治のお茶が人を別の世界へ導く架け橋のような存在であるんだなと思います。

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    9 mins
  • EP. 635『@宇治 、其ノ二 - 抹茶豆腐と鳳凰堂』
    Jun 16 2026

    雨の降り始めた宇治を訪れ、宇治川沿いで1840年創業の老舗料理店の二階から川の流れを眺め、源氏物語の「宇治十帖」に思いを巡らせました。宇治は古くから都を離れた人々が集う場所ともされ、その地名も「憂い」に由来するという説があります。そんな人々の不安や悲しみに寄り添うように建つのが平等院鳳凰堂です。平安時代、人々は末法思想により世の終わりへの恐怖を抱いていました。栄華を極めた藤原道長もまた、権力だけでは人々を救えないことを知り、平等院鳳凰堂の建立を通じて新たな平和への願いを託したといわれています。旅の締めくくりには宇治ならではのお茶料理を味わいます。三日かけて作られる抹茶豆腐は、美しい新緑色とやさしい風味が印象的で、宇治の歴史や信仰の世界と重なり合うような深い余韻を残してくれました。

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    9 mins
  • EP. 634『@宇治 、其ノ一 - 宇治川の流れでできる女酒』
    Jun 15 2026

    京都で仕事の合間に、そろそろ茶摘みの季節だと思い、宇治へ向かいました。途中で乗り換えた中書島は、かつて大きな池と蓮の花が広がる風光明媚な場所で、戦国時代から歴史を刻み、明治から戦後にかけては花街としても栄えました。そのにぎわいを支えたのが、伏見の名酒です。伏見の酒は「女酒」と呼ばれます。琵琶湖から流れる宇治川のやわらかな水で造られるため、口当たりが優しいのが特徴です。一方、六甲山系の硬水で造られる灘の酒は「男酒」と呼ばれ、力強い味わいで知られています。伏見には御香宮神社の「御香水」をはじめ名水が数多く湧き、この水がお酒やご飯、お茶の美味しさを支えています。宇治の新茶を味わうにも、やはりその土地の水が一番。京都の豊かな水文化を改めて感じる旅となりました。

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    9 mins
  • EP. 633『@納豆 、其ノ四 - わっはっは 納豆と梅干し、黄門様の朝ごはん』
    Jun 11 2026

    先日、水戸に行ってきました。水戸といえば納豆、そして黄門様です。水戸黄門こと徳川光圀は、テレビや小説では全国を旅して悪人を退治する人物として知られていますが、実際には江戸と水戸を往復することが多かったといいます。水戸納豆は、藁で大豆を包み発酵させたもので、藁は稲の茎であり、米と豆が結びついた食べ物が納豆です。納豆の起源には、馬の餌の煮豆を数日放置したことで発酵したという説があり、水戸や仙台など各地に伝承があります。水戸黄門の日記には納豆が登場し、毎朝「納豆汁」として食べていたとされています。また、有事に備えて、水戸藩の人々に納豆や梅干しを作り保存することを奨励していました。水戸の伝統、ご飯と納豆、梅干しを食べる朝食が、黄門様のように朝の場面を一気に勧善懲悪してくれるかもしれません。

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    9 mins
  • EP. 632『@納豆 、其ノ三 - 天下泰平 浜納豆』
    Jun 10 2026

    浜松の名物「浜納豆」。糸を引かない納豆で、黒い小石のような見た目をしています。浜松の強い風とカラッとした気候を活かして天日干しで作られます。戦国時代、徳川家康は浜松城を拠点としていましたが、浜松は家康にとって苦い土地でした。武田信玄との三方ヶ原の戦いで大敗し、何度も負け戦を経験しました。泥と汗にまみれた家康のそばにあったのが浜納豆でした。浜納豆は大豆を麹で発酵させ、塩水につけて熟成させて干して作ります。一粒噛むと、まず塩気、次に苦味、そして発酵した大豆の旨みがゆっくり鼻の奥に通ってきます。白いご飯に一粒置くとよく合います。保存ができ、持ち運べ、少量で力になる浜納豆は、戦国時代の条件を完璧に満たした食料でした。家康が天下を取るために使ったのは刀だけではなく、時間を読む力、人を待つ力、食の知恵でした。浜松が育てた浜納豆こそが家康のお城だったのではないでしょうか。

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    9 mins
  • EP. 631『@納豆 、其ノ二 - NEVER NEVER GIVE UP 鑑真』
    Jun 9 2026

    皆さん、納豆はお好きですか? ネバネバとかき混ぜていると、不思議と元気が湧いてくる気がしますよね。そんな納豆ですが、実は北海道とも深い縁があります。北海道は大豆の一大産地で、おいしい納豆作りに欠かせない場所なんです。その発展に大きく貢献したのが、北海道帝国大学の研究者・半沢洵先生。かつて納豆は藁に包んで作るのが一般的でしたが、半沢先生は納豆菌を培養して製造する「半沢式納豆製造法」を確立しました。そのきっかけを与えたのが、納豆菌の研究で知られる沢村真博士です。北大には今も半沢先生の銅像があり、さらに文学者の有島武郎とも親交がありました。納豆の糸のように、人と人とのつながりが新しい文化や技術を生み出してきたんですね。梅雨のじめじめした季節、北海道の爽やかな空の下で食べる納豆は、きっと格別のおいしさだと思います。

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    9 mins
  • EP. 630『@納豆 、其ノ一 - 北海道と言えば納豆』
    Jun 8 2026

    皆さん、納豆はお好きですか? ネバネバとかき混ぜていると、不思議と元気が湧いてくる気がしますよね。そんな納豆ですが、実は北海道とも深い縁があります。北海道は大豆の一大産地で、おいしい納豆作りに欠かせない場所なんです。その発展に大きく貢献したのが、北海道帝国大学の研究者・半沢洵先生。かつて納豆は藁に包んで作るのが一般的でしたが、半沢先生は納豆菌を培養して製造する「半沢式納豆製造法」を確立しました。そのきっかけを与えたのが、納豆菌の研究で知られる沢村真博士です。北大には今も半沢先生の銅像があり、さらに文学者の有島武郎とも親交がありました。納豆の糸のように、人と人とのつながりが新しい文化や技術を生み出してきたんですね。梅雨のじめじめした季節、北海道の爽やかな空の下で食べる納豆は、きっと格別のおいしさだと思います。

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    9 mins